2012年2月16日木曜日

「キトナカ」ひとのもつ”氣”:maki

望む望まないにかかわらず、
ひとは誰しも、そのときの状況に応じた”氣”を
まとっているものです。

あるひとがオハナに来たとき、
ぐゎっ!と熱い空気を感じました。
そのひとは疲れきっていて
心も、溶鉱炉のようにささくれていました。

またある昼休み、
オハナのベッドでねていたわたしのそばを
あるひとがカーテン越しに通り過ぎました。
その瞬間、とつぜん肩がず~ん!と重く なりました。
そのひとは、重い責任のある役職のかたでした。

これをしょいこんでいたら
さぞかし疲れるだろうなぁ・・と
ふらふらする頭でかんがえました。



「キトナカ」お坊さま事件:maki


わたしとK先生は、オハナの事務室で
仏教談義をしていました。
仏教の思想って、ないないづくしなのね~
などとのんきに話していたら、
どこからか「チリ~ン・・」と音がする。

音の出どころはオハナの玄関。
どきどきしながらドアを開けると、
 一人の修行僧が佇んでいました。 


びっくりしつつ、わたしとK先生は
彼に心づけをお渡しし、丁重にお見送りしました。

後にも先にも、オハナに修行僧が来院したのは
この一度きり。
仏教って、つくづく面白い世界ですね。


「キトナカ」忘れんぼうのひと:maki

オハナには2人の住人がいる。
わたしともうひとり、とてもナイーヴな先輩”K先生(男性)”です。
K先生は、いつも何かを忘れたり失くしたりしている。

でもなぜか、ここぞというときにハッと思い出したり
出かける直前になると失せ物が見つかったりしている。

きっと神さまは、そんなK先生をみて楽しんでいるんだなぁ。
でもいよいよのときには、ちゃんと救ってもらってるところが
にくいなぁ、とわたしはしみじみ眺めています。

2012年2月15日水曜日

「キトナカ」病院に漂う”氣”:maki

前回にひき続き、場所のもつ”氣”について。
ときどきわたしは、お隣にある病院へ出張にいきます。

ここの病院は小柄で少しご年配だけれど、
職員さんがみな優しいのでほっとする場所です。
ただ、やはり命の現場であるので、病院には
独特のぴりっと張りつめた空気が漂っています。

慣れないわたしにとっては、どこか所在なく、
長居できないような空気に感じられます。
それはたぶん、わたしが健康体だからでしょう。
病を患い、入院されている方にはどう感じられるのでしょう。

もし長いこと病院にいても、
居心地の良さを感じ、なじんでしまっているとしたら
少しだけこころが弱っているのかも・・。

「キトナカ」オハナに漂う”氣”:maki

普段のわたしは、治療院オハナという場所に
ちんまり腰を据えて、
予約の患者さまが来院されるのをお待ちしています。

場所とは不思議なもので、そこに長くいる住人の風情を
写しとってしまうようです。

患者様の中には、ちょうどキャンセルがでた時間に
「空いてないー?」と電話をくれたり、立ち寄ったり
してくださる方がいます。
反対に、いつ電話を頂いても予約がつまっていたり、
予約をしても風邪でダウンしたりと
なかなかたどり着けない方もいます。

わたしはこのタイミングの良しあしを、
オハナが引き寄せたり遠ざけたりしていると
ひそかに考えています。

「キトナカ」ごはんの”氣”:maki

毎日食べる三度三度のごはん♪
そんなごはんどきにも、”氣”を感じる瞬間があります。

とある夕飯の食卓、ちゃぶ台には
五穀米ごはん、みそ汁、温野菜サラダ、
レンジでチンしたスーパーの安売りシュウマイがのっていた。
何気なくシュウマイにおはしを伸ばしたとき、ふと、おはしを重く感じた。
他のおかずには感じない重さを、シュウマイだけに感じる・・。

パック入りの加工品は、作った人との距離が遠い。
作った人の”氣”が入っていないから、食べたくなかったのかなぁ
と分析しました。

「キトナカ」再開のごあいさつ:maki

つれづれなるままに日々を送り、
すっかり無沙汰をいたしました。

ひさしぶりに、『氣と仲良くなる方法』コラムを
再開しようと思います。
何卒お付き合いを頂ければ幸いです。